ハワイ語で「よろこびの星」を意味するホクレア号は、古代の伝統的な航海術を再現したカヌー。近代計器を何ひとつ使うことなく、星の位置や、波や風の方向などを頼りに大海原を渡る航海術「スターナビゲーション」を学び、ホクレア号日本人初のクルーとなった日本人女性、内野加奈子さん。2007年にはハワイから日本という歴史的な航海に参加した彼女に、その経験を通して得た人生観を伺った。
◎戦うのではなく受け入れる
―ハワイ大学で航海術を学ばれたそうですが、ハワイに惹かれたきっかけはあったのでしょうか?
内野さん(以下敬称略)
ハワイというと、ショッピングやビーチのイメージしかなくて、自分が行く場所ではないかなという思いがあったんですけれど、それを変えてくれたのはホクレアの存在でした。海図も方位磁石もない時代に、星や波や風、自然だけを使って海を渡った伝統航海の存在を知ったとき、ここまで深く自然と結びついて生きることができるのかと、とても大きな衝撃を受けました。以来、それまで一番興味がなかった場所が、一番心惹かれる場所になったんです。
―航海中は嵐にも遭うし、思うように進めないときもあると思うんですが、やはり何があっても受け入れるという強さが必要なんでしょうか?
内野 そうですね。大切なのは、力で勝とうとしないことだと思います。海の上では、何に対しても力では勝てないんです。自然の力と戦うのではなくて、それと共に進んでいく。変えられないものを受け入れること、変えられるものを変えていくこと、そしてその二つをしっかりと見分けていくことが大切になってくると思います。すべてを自分でコントロールしようとせずに、自分のできることを見極めて、そこに精一杯の力を注いでいけばいい。
―航海に出るときに、絶対的に必要なものはありますか?
内野 自分自身があらゆる意味で穏やかな状態であることが、とても大切だと思います。そのためには、なぜそれをするのか、誰のためにするのか、が自分の中で腑に落ちていること。そして自分自身を信じる力も大切だと思います。
―自分自身を信頼することは中々難しいですよね。どうやったらそこまで自分を信頼できるのでしょうか?
内野 不安に思ったり、自分に自信がないと思う心は誰にもあるのではと思います。それはなんというか、サインを出してくれているようなものじゃないかと思うんですね。自分の心の奥にあるものにふれる、道しるべのように使えばいいんじゃないかと思います。無視するのではなくて、どうしてそんな風に思うのかと、自分に問いかけていくことで、その向こうにあるものにふれることができるような気がします。
―あの小さなカヌーに11人も乗船していて、いろんな考えの人がいますよね。小さなことが命の危険に繋がる中では、何があっても相手を受け入れなくてはいけない。それは簡単なことではないと思うのですが。
内野 カヌーは、人が人に立ち返る場所、というふうに私は捉えているんです。きれいなフリ、良い人のフリだけではいられない。私たちが本来持っているもの、秀でている部分も、至らないところも、ぜんぶ見えてくる。そしてそれをぜんぶ含めて人間なんだ、ということをお互いに受け入れられたとき、結局自分自身が一番楽になるんです。相手を変えようと思う気持ちを捨てることで、逆に相手の良いところもたくさん見えてくる。11人いるクルーがそれぞれ違っているし、違っているからこそいい。それぞれが違う興味を持って、違う得意分野を持っていてくれるおかげで航海を続けることができるんです。カヌーは多様なものが、多様なまま存在できる環境なんです。
◎日本は海で繋がれた島々の連なり
―ハワイからの航海は約5ヶ月、沖縄までの航海はヤップ島から大体12日間くらいだったそうですが、陸を発見するときの気持ちというのは、感動以外にどんな気持ちがするものなんですか?(2007年4月24日、ホクレア号は沖縄見糸満市漁港に到着。その後約1ヵ月半をかけて最終目的地の横浜まで各地に寄航)
内野 ずっと海と空だけを見てきて、その水平線の向こうに薄く島影が見えてきたとき、そこに島があって、水があり、緑があって、人の暮らしがある、ただそれだけのことが奇跡のように感じられました。普段の生活では、当たり前のこととして、気にも留めないようなことが、実は決して当たり前ではなくて、そういう環境が私たちに与えられているというのは、本当にかけがいのないことなのだと、その島影は教えてくれました。
―日本を外から見る機会は中々ないと思うのですが、各地を寄航して何を感じましたか?
内野 日本には6800以上の島があって、人が住んでいる島だけでも400以上あります。日本というのは、そういう数限りない島々が海で繋がれた場所なのだということを、頭ではなく身体で実感することができました。海から見る日本の島々は本当に美しい。そして多様で豊かでした。
―違った文化を持つハワイの人たちと一緒に、日本の伝統を外から見るというのはなかなかできない体験ですよね。
内野 たとえば、広島では1200年の歴史のあるお寺を訪ねたのですが、ハワイの人たちはそれを見たときに、1200年間この場所を繋いできた人が途絶えなかったのがすごいって言うんですね。この場所に価値を置いて、次に伝えようという人が1200年存在し続けたということ、それが彼らにとってはすごく衝撃的だったんです。1200年という歳月を数字で見るのではなく、人から人への繋がりというふうに見ることで、私自身、受け継がれた伝統に対してそれまでよりずっと大きな感謝の気持ちを持つようになりました。
◎繋がりの中で生かされている命
―One ocean one people という言葉がありますが、どのような意味なんでしょうか?
内野 One ocean one people という言葉に込められているのは、私たちはみな、ひとつの海でつながれたひとつの民だ、という思いです。人種という言葉は、種という言葉がついているので紛らわしいのですが、私たち人間はみんな、白人も黒人も日本人も、ホモサピエンスという一つの同じ種類なんですよね。違う国で、違う文化で暮らしている私たちも、本来は人間として、違う部分よりも同じ部分のほうが多いのではないでしょうか。この世界のすべての場所がひとつの海でつながれている、という誰もが知っている事実は、今でも時折私をはっとさせます。たとえば海を見るときに、この海の向こうには島があって、その上には自分たちと同じ人間が暮らしている。そういうつながりを意識する感覚をひとりひとりが持てるかどうか、ということだと思います。
―日本への航海前と後で人生観に変化はありましたか?
内野 自分という存在の立ち位置がはっきりした感じはあります。大きい広がりの中にぽつんとある自分の命、本当にたくさんの繋がりの中に生かされている自分の命を感じました。そういう自分に何ができるのか? そういう自分に何が起ころうとしているんだろう?と楽しみに思うようになりました。それから、自分が大切に思っていたもの、家族とか友達とか海なんかを、より大切に思うようにもなりました。
―やはり環境問題もこれからの活動に含まれていきそうですか?
内野 今、この地球はいろいろなところでバランスを崩している。数千年続いてきたシステムがものすごい勢いで変化しています。自分たちの場所だけ心地良くしておけば快適に暮らせる、という時代はもう終わったと思うんですよね。どんなに自分たちの場所を心地良くしても、空は繋がっているし、海は繋がっているし、すべては繋がっている。世界中すべての人が、同じチャレンジに向き合っていかなくてはならない時代だと思います。またそういう時代だからこそ、私たちひとりひとりの選択がものすごく大切になってくると思います。日々の暮らしのなかで、私たちは何に価値を置いて、何を残そうとしているのか、ひとりひとりが問いかけていくことが大切なのではと思います。私自身、そういう問いかけを投げかけ続けていきたいし、そこから見えてくる自分にできることを、ひとつひとつ形にしていきたいと思っています。
内野加奈子プロフィール
海洋写真家。ハワイ大学で海洋学を学びつつ、写真家として活動を始め、海と人のかかわりをテーマに数々の作品を手掛ける。
伝統航海術師マウ・ピアイルグ氏に師事し、海図やコンパスを使うことなく自然を読み航海する伝統航海カヌー<ホクレア>の日本人初のクルーとして数多くの航海に携わる。
07年、歴史的航海となったハワイー日本航海に参加。
その様子を写真と文章で追った著書に『ホクレア 星が教えてくれる道』(小学館) ハワイ在住。
取材・文 アロヒナニ
協力 ナチュラルスピリット
アロヒナニ・プロフィール
ハワイ文化講師、カードセラピスト、フリーライター
ハワイ留学をきっかけにハワイ文化に魅せられ、フラ歴は 15 年を超える。
日本におけるマナ・カード・リーディングの第一人者であり、各プロバイダーにて配信されている「マナ・カード・ネット占い」の監修をしている。また、マナ・カードや他のツールを使った個人セッションを行っている。現在、フラやマナ・カードを教える講師として、ハワイ文化を広めるため活動中。全国でワークショップを展開中。http://alohinani.com